2005夏
2005年の夏は集中型では無く長く色々な事が続いてた。
6月は初単独まるごととなん恋のリリイベ
7月はハロコン
8月はWとの合コンハイスコアーとデレシンリリイベ
9月は2回目の単独スイッチオン
2005年6月4日Zeep名古屋
初単独まるごと初日、平均年齢12.1才での単独コンサート。
ベリコンの初回見れて良かった。
8月はデレシンのリリイベとBerryz工房と一緒に夏休みと言うタイトルで同じ日にラジオの公録をやってた。
1部公録2部リリイベ。
残念な事に全て平日であったため全国展開だったけど、読売ランドと福岡しか行けなかったがその2回とも凄く思い出に残るものだった。
8月3日読売ランド
初めてK太郎氏によるレコメンの公録、ゲストにゴマキ美勇伝も来てた。
公録は事前抽選で当選したけど、B4180とか上手の最端通路席だった、スッペの縦並びを横から見ると言う貴重な体験をした。
2部のリリイベは下手2列といいとこ引いた。
下手を引いて良かった。
下手は握手順が後だから休憩時間の時間繋ぎでベリメンが色々やるのが見れる、この時の暴走するももちが可愛くて可愛くて、熊井ちゃんのお誕生日でハピバも歌えたし。
このリリイベのももちの暴走ぶりと可愛さは自分に凄い印象を残してしまい、あの衣装作るキッカケになった。
8月16日Zeep福岡
1部はラジオ九州の公録
チーム清水とチーム嗣永のクイズ対決を行ったが、石村舞波の活躍でチーム嗣永が勝利した。
2部のデレシンイベもMCでは石村舞波が活躍してた。
今思えばこの日は舞波の最後のイベと握手会だった。
舞波の最後の握手会に参加出来たのは幸運だった。
ハイスコアー
ベリコン史上色々な意味で衣装が最高と言われるコンサート、辻加護ヲタがベリに流れる瞬間を体感した。
ハイスコアーの終了が8月28日、次のベリ2回目の単独スイッチオンの開始が2週間後の9月11日、何でこんなタイトなスケジュール何だろうと思ったが大きな事があってそうかと後で思った。
9月11日市原市民会館スイッチオン初日初回
最初のMCで石村舞波の卒業報告10月2日のツアー最終日で。
なん恋デレシンとオープニング曲2曲で盛り上がってた会場は凍てつき、その後はお通夜状態ベリコン史上最も盛り上がりに欠けるコンサートになってしまった、夜公演はヲタも気を取り直して盛り上がったが。
スイッチオンは舞波の卒業の為のコンサートツアーだったのだと後でわかった。
10月2日東京厚生年金会館
石村舞波卒業
青サイ埋まる会場の中舞波は最初のMCの予告通り泣かずに笑顔で卒業した。
舞波は卒は発表から卒業まで20日余り途中名古屋大阪でコンサートがあっただけで握手会は無かった。
ベリの活動停止までは最短でも半年以上ある、その間色々あるだろうし最後まで笑顔で楽しもうと思う、終わる瞬間終わった後に泣けるだけ泣けばいい。
舞波卒の時の自分はそんな感じだった。